猫手政宗(ニャテマサムネ)を一人前の殿にするため、仙台の歴史や郷土料理、伝統工芸品、軍資金管理法などを伝授するコチュウロウの奮闘記

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コチュウロウの注釈

殿となる者、我が街のことを知らずにはおられませんぞ!

仙台の街の中心はどこにあったのかご存知でござるか?

仙台の街探訪


仙台の街の中心はどこにあった?

芭蕉の辻

 青葉城の大手門からまっすぐ大町を通り城下を東西に貫く道と、南北に縦断する旧奥州街道(現国分町通り)が交差する十字路。

 この交差点が芭蕉の辻といい、仙台の街の中心じゃったのじゃ。

 現在の一番町の藤崎デパート本館の北西角より、一丁西に行ったところが芭蕉の辻と言われていたところじゃ。


 江戸時代、ここには札番所(ふだばんどころ)があって、忠孝条目や切支丹、捨馬などの制札(レプリカが仙台市博物館にあります)が掲げてあったので、札の辻とも呼ばれておってのう。

 辻の四隅には藩が造営した銃眼と矢狭間を備えた二階建の城郭式の建物があり、仙台城の防御と威容を兼ね備えたそれはそれは立派なものじゃったそうじゃ。

芭蕉の辻屏風

ちなみに芭蕉の辻の名前の由来じゃが、

1.伊達政宗が仙台城を築城する以前に、召抱えていた隠密の芭蕉にこの辻の四隅の櫓を与えたが、芭蕉がこれを辞退したため名を残したとの説。

2.昔、この辻に芭蕉が植えてあったので芭蕉の辻と呼ぶようになったという説。

3.芭蕉の葉が広いように、道幅が広いことから呼ぶようになったという説。

4.目抜き通りの場所、便利な場所、賑やかな場所などの「場所」が「ばしょう」になったという説。

などがある。

ところで若殿!

仙台という名前の由来はご存知かの。

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